はり・きゅう・マッサージ治療院 feel 院長の佐野聖です。
施術院系の看板や広告で、毎日のように「骨盤矯正」「猫背矯正」という言葉を目にしますよね。「姿勢の歪みこそが痛みの諸悪の根源」と言わんばかりの風潮があり、当院に来院される患者様からも「私の骨盤、歪んでいませんか?」というご質問を本当によくいただきます。
確かに、全体的なアライメント(骨格の並び)や姿勢の代償パターンを評価することは、私たち専門家にとっても重要な指標の一つです。
しかし、臨床経験を重ねる中で私が確信しているのは、「痛みは“姿勢だけ”では決まらない」ということです。
どれだけ骨盤の傾きをまっすぐにしようと、猫背を無理に伸ばそうと、それだけで慢性的な痛みが根本解決することはありません。なぜなら、人間の身体はロボットのような硬いパーツの組み合わせではなく、もっと動的で生化学的な、複雑なバランスの上で成り立っているからです。
今回は、現在のブームから一歩進んだ、痛みの本質に関わる「6つの真実」、そして多くの方が誤解している「姿勢と痛みの因果関係」についてお話しします。
卵が先か、鶏が先か?「姿勢が悪いから痛む」のではなく「痛いから姿勢が悪くなる」という真実
多くの方は「姿勢が悪いから、肩や腰が痛くなる」と考えています。ですが、実際の臨床現場では、その真逆の現象が頻繁に起きています。
それが「疼痛回避姿勢(とうつうかいひしせい)」です。
身体のどこかに筋肉のコリや筋膜の微細な損傷、トリガーポイント(痛みの引き金となる過敏な点)があると、脳はこれ以上その場所に負担をかけまいとして、無意識にその部位をかばう動きを命令します。
痛みを避けるための「かばい手」が習慣化する
無意識に筋肉をこわばらせ、痛まない角度へ骨格を歪める
つまり、「痛みやコリを避けようとした結果として、二次的に姿勢が悪くなっている」ケースが非常に多いのです。この状態の身体に対して、痛みの原因を置き去りにしたまま無理に「骨盤矯正」や「猫背矯正」を行って形だけをまっすぐにしようとすることは、身体が必死に行っている防御反応を力ずくで引き剥がすようなものであり、かえって逆効果になることすらあります。
だからこそ、私たちは姿勢という「結果」だけを見るのではなく、その背景にある以下の「6つの要素」を紐解いていく必要があるのです。

痛みの本質を左右する「6つの要素」
1. 負荷(メカノトランスダクション)
私たちの身体の細胞は、外から加わる力(捻転、緊張、圧迫、伸張など)を敏感に感知し、それを化学的な活動へと変換しています。これをメカノトランスダクションと呼びます。 姿勢が綺麗に見えても、特定の組織に持続的な、あるいは急激な「不適切な負荷」がかかり続けていれば、細胞レベルで炎症反応や組織の変形が引き起こされ、痛みが発生します。つまり、形(姿勢)の良し悪し以上に、今そこに「どんな負荷が、どう組織に伝わっているか」が重要なのです。
2. 回復(ホメオスタシスとpH)
痛みからの脱却には、身体が自ら治ろうとする力(ホメオスタシス)が欠かせません。 例えば組織が傷ついたとき、修復の主役となるのは「線維芽細胞」という細胞ですが、彼らが十分に働くためには体内(組織)の環境が適切に保たれていることが必要です。特にストレスや呼吸の乱れなどによって体内の酸性・アルカリ性のバランス(pH)が崩れると、それだけで線維芽細胞の機能が抑制され、治癒効率が低下して傷が慢性化する原因になります。
3. 筋疲労(粘弾性の消耗と緊張低下)
同じ姿勢を長時間続けたり、繰り返し負荷をかけたりすると、軟部組織の弾性が消耗していきます。 これを「粘弾性組織の緊張低下」と呼びますが、組織のバネのような復元力が失われると、身体は安定性を維持するために代償として特定の筋肉を「過活動(常に頑張りすぎる状態)」にせざるを得なくなります。この要求が続くことで筋肉が慢性的に疲弊し、機能障害や損傷、そして強い痛みの要因となるのです。
4. 動作反復(チキソトロピー性とクリープ現象)
人間の身体、特に筋肉を包む筋膜や細胞外基質には、ゆっくり動かせばスムーズに動き、急激に動かすと抵抗が増すという「チキソトロピー」という流動的な性質があります。 また、持続的にストレスが加わり続けると、組織の形状がゆっくりと伸びたり変形したりする「クリープ現象」が起こります。つまり、仕事やスポーツでの「どんな動作を、どのくらいの頻度とスピードで繰り返しているか」という動的な履歴こそが組織の硬さや癒着(緻密化)を生み出すのであり、静止した姿勢の写真一枚だけでは見抜けない痛みの原因がここにあります。
5. 睡眠(自律神経と組織のリモデリング)
夜しっかり眠ることは、単に脳を休めるだけでなく、疲弊した組織を再構築(リモデリング)するためのゴールデンタイムです。 睡眠不足や過度なストレスによって交感神経が優位になりすぎると、夜間も筋肉の緊張が抜けず、血管が収縮して局所の酸欠を招きます。質の高い睡眠がとれて初めて、自律神経のバランスが整い、痛みを過敏に感じ伝える物質(サブスタンスPなど)の集積を抑え、組織の修復をスムーズに進めることができるのです。
6. 血流(局所の虚血と酸性化)
痛みの直接的な原因の多くは、局所の「血流不足(虚血)」にあります。 筋肉や筋膜が硬くなり、滑走性(組織同士がこすれ合ってスムーズに動く能力)が低下すると、そのエリアの血管が圧迫されて血流が途絶えます。酸素が届かなくなった組織(低酸素症)は過剰に酸性化し、サブスタンスPやブラジキニンなどの炎症マーカー・発痛物質が放出されて、触ると飛び上がるほど痛い「トリガーポイント」を形成します。姿勢がどれだけ美しくても、局所の血流が滞っていれば、身体は悲鳴を上げ続けるのです。
一言メモ
「骨盤が歪んでいるから痛い」と決めつけるのは、少し乱暴です。 実際には、生活の中での負荷の偏り、血流の滞り、睡眠不足による回復力の低下などが複雑に絡み合った結果として、筋肉や筋膜にトリガーポイント(痛みの引き金)ができ、その痛みを避けようと身体が“かばった”結果、姿勢が歪んでいるケースが非常に多いのです。
当院では、単に骨のパーツをパチパチと合わせるような矯正ではなく、身体全体のつながり(筋筋膜経線)を見つめながら、まずは痛みの根本原因であるトリガーポイントを解放し、局所の血流を改善します。痛みが消えれば、身体は無理に「疼痛回避姿勢」をとる必要がなくなるため、自然と本来の健やかな姿勢へと戻っていくことができるのです。
あなたの痛み、ただ「姿勢のせい」にされて諦めていませんか? ぜひ一度、身体の内側の「巡り」と「機能」に目を向けてみましょう。
=佐野 聖(さの ひじり)/ はり・きゅう・マッサージ治療院 feel 院長=
1995年、はり師・きゅう師・あん摩マッサージ指圧師(国家資格)取得。整形外科勤務を経て臨床経験を積み、2003年に横浜にて「はり・きゅう・マッサージ治療院 feel」を開業。
筋筋膜性疼痛症候群(MPS)、トリガーポイント、筋膜へのアプローチを専門とし、肩こり・腰痛・坐骨神経痛・五十肩・頭痛など、慢性的な痛みに対する施術を行っている。
局所だけでなく、筋膜のつながりや身体全体の機能評価を重視し、解剖学・運動学をベースにしたトリガーポイント鍼治療を臨床で実践。
過去には、トリガーポイント治療に関する臨床や技術について、鍼灸専門誌『医道の日本』に特集掲載された。
