
横浜の鍼灸マッサージ治療院 feel 院長の佐野です。
先日、「物を持ち上げた時に肘を中心としてぼんやりとした痛みがある」という症状を訴える患者様が来院されました。痛みはピンポイントではなく、広がるような違和感として認識され、日常生活では荷物を持ち上げる動作で症状が強くなるとのことでした。
外側上顆部に明確な圧痛はなく、いわゆるテニス肘(外側上顆炎)を示唆する所見は認められませんでした。このため、筋筋膜性疼痛症候群(MPS)による関連痛の可能性を考慮し、詳細な評価を行いました。
【評価と触診所見】
触診の結果、以下の筋に顕著な硬結と圧痛が確認されました。
三角筋前部線維
上腕二頭筋(特に長頭腱)
腕橈骨筋
特に重要であったのは、三角筋前部線維の深部を上腕二頭筋長頭腱が結節間溝内で走行する肩関節前面の部位です。この部位への刺激により、患者様が訴える肘周囲の痛みが再現され、関連痛の存在が確認されました。
【関連する筋の解剖学的特徴】
■ 三角筋前部線維(Anterior Deltoid)
起始:鎖骨外側1/3
停止:上腕骨三角筋粗面
作用:肩関節の屈曲、内旋、水平内転
臨床的意義:肩関節前面の安定性に寄与し、深部に位置する上腕二頭筋長頭腱との機能的関連が強い。
■ 上腕二頭筋長頭(Long Head of the Biceps Brachii)
起始:肩甲骨関節上結節および上方関節唇
停止:橈骨粗面および前腕筋膜(上腕二頭筋腱膜)
作用:肘関節屈曲
前腕回外
肩関節の補助的屈曲および安定化
特徴:肩関節包内(滑膜外)を通過し、結節間溝を走行する。
■ 腕橈骨筋(Brachioradialis)
起始:上腕骨外側上顆上稜
停止:橈骨茎状突起
作用:肘関節屈曲(特に前腕中間位)
【トリガーポイントと関連痛】
● 三角筋前部線維
関連痛:肩前面から上腕前面、時に肘周囲まで広がる。
臨床的特徴:肩の自覚症状が乏しく、肘痛として認識されることがある。
● 上腕二頭筋長頭
関連痛:上腕前面および肘窩周囲の深部痛。
誘発動作:物を持ち上げる、引き寄せる動作。
● 腕橈骨筋
関連痛:前腕外側から肘周囲。
特徴:反復的な把持動作で増悪。
これらのトリガーポイントは、肘関節自体に明確な病変がなくても症状を引き起こすことがあり、鑑別診断において重要です。
【アナトミートレインの視点】
筋膜は全身に連続する張力伝達システムとして機能し、局所の問題が遠隔部の症状として現れることがあります。
■ Superficial Front Arm Line(SFAL)
胸筋群から上腕二頭筋を経て前腕屈筋群へと連続し、「引き寄せる」「持ち上げる」といった動作に関与します。
■ Functional Front Line(FFL)
体幹前面から上肢へ力を伝達し、肩関節の安定化に寄与します。
これらの筋膜ラインの緊張異常が、肩前面から肘への関連痛として表出したと考えられます。
【施術内容と経過】
本症例では、トリガーポイント鍼療法を中心に以下の部位へアプローチを行いました。
三角筋前部線維
上腕二頭筋長頭腱周囲
腕橈骨筋
特に、三角筋前部線維の深部を走行する上腕二頭筋長頭腱周囲への施術により、その場で肘の違和感が大きく軽減しました。2回目の施術後には、物を持ち上げる際の痛みはほぼ消失し、日常生活に支障のない状態となりました。
まとめ
物を持ち上げた際に生じる肘周囲のぼんやりとした痛みは、肘関節そのものではなく、肩関節前面の筋に存在するトリガーポイントによる関連痛である可能性があります。
■ 本症例のポイント
肘に明確な圧痛がない場合は関連痛を疑う
三角筋前部線維と上腕二頭筋長頭腱周囲が重要な治療ポイント
アナトミートレインの視点が病態理解に有用
トリガーポイント治療により症状の改善が期待できる
肘の痛みでお悩みの方は、局所のみならず、筋膜連鎖を含めた包括的な評価と治療が重要です。
監修・筆者
佐野 聖(さの ひじり)
はり・きゅう・マッサージ治療院 feel 院長
1995年に国家資格を取得後、整形外科勤務を経て2003年に横浜で開業。筋筋膜性疼痛症候群(MPS)とトリガーポイント治療を専門とし、慢性的な痛みに対する臨床経験を積み重ねている。